自分にとって「料理」というものの原体験はなんだろうかと考えると、それは「豆腐」なのだった。
学校の調理実習で作ったカレーとか、学生時代初めての彼氏が家に遊びにくるというから必死に練習した肉じゃがとか、人によって思い出はそれぞれだが、俺にとっては「夏休みの自由研究で作った不格好な豆腐」なのである。なんにせよ、初めての料理は思い出深いもの。
なぜ豆腐だったのかはわからないが、珍しい料理を1から作るという研究は観察日記や標本を夏休み中かけて作るよりもはるかに手軽で、しかし「家庭料理」というどことなく子供らしくハートウォーミングな雰囲気で先生たちのウケもいいのではないか、と小賢しいガキだった俺のことだから考えたに違いない。
でもその不格好な手作り豆腐が結構美味しく(感じ)て、以来豆腐という食べ物が俺の大好物になったのだからほっこり素敵なエピソードだとも言える。

そんなこんなで豆腐には一家言ある俺であるが、最近ちょっと美味い豆腐を出すお店を見つけた。
新宿三丁目『らんまる』である。
階段がちょっと急なので、膝が悪い人や酔っ払いは気をつけてほしい。

炭火焼きを売りにしたお店。
カウンターの中では炭火で肉や魚を焼いているのが見られる、このライブ感と香ばしい香りがいい。

渋い木彫りの欄間がイケてるぜ。鶴と松かな。
高級旅館の客間みたいで旅情を掻き立てる。
メニューはいわゆる王道の居酒屋といった感じ。何を食べても質が高い。
酒は焼酎の品揃えが豊富。
この日は食べなかったが、新宿で生牡蠣1ヶ300円は安い。

とりあえず、マルエフとお通しで乾杯!
カウンターの黒っぽい木の質感も、大人っぽくて好きだな。

俺のお気に入り、三種とうふの味くらべ。
信州の豆漉とうふを使用。蕎麦、山葵、胡麻の三種を、醤油ではなく塩で。
三種それぞれの風味は遠くに感じる程度に抑えられていて、豆漉とうふのなめらかさや甘味が存分に楽しめる。高級感のある味。
小学生の俺が作った家のキッチンで作った豆腐など引き合いに出すのもおこがましいが、どこかあの夏休み、初めて美味しいと思ったあの豆腐に、似ている気がする。ここの豆腐を食べるたび、あの夏に一瞬帰れるような、ノスタルジックな味が俺を惹きつけてやまない。歳をとると感傷的になっていかんな。

鶏の炭火焼き、香ばしくて美味い。
ひと口、ひと口噛み締めたい味。柚子胡椒で。

ここからは黒糖焼酎・れんとのソーダ割りで。
いつもはガガガ〜っとつまみを食べて、ガブガブ酒を飲む俺だが、ここではなぜかちびちび大人の飲み方ができる。
そう、全く自覚がなくて困りものなのだが、俺はもうとっくに大人なのだ。夏休み、お昼のアニメ特番を見ながら豆腐作りに勤しんでいたあの日の俺とは違うのだ。
長い年月で知らなくてもいいことをたくさん知ってしまったし、いろんなものを見てしまったし、もうあの頃の俺には戻れない。豆腐を作ったあの実家も、今は売ってしまってもうない。ああ、寂しいなあ。

炙り〆鯖。これも香ばしい。
大人の味だ。子供の頃は苦手だった〆鯖、いつから好きになったんだっけ?

タコわさび、信州遠山さしみこんにゃく。
こんにゃくはなめらかでツルッとした食感。臭みもない。
揚げ物やポテトももちろん美味しいのだけれど、やっぱりここに来ると大人っぽいものでしっぽり飲みたくなる。豆腐で童心に帰りつつ、それでもやっぱり自分はもう大人なのだ、ということを再確認しに来ているのだろうか?

豆腐の角に頭を打ちつけて死ぬ、という言葉が日本にはある。落語などでも使われる古いジャパニーズスラングだが、もしそんな日が来るのなら、ここの豆腐に打ちつけて、あの無垢な幼少の日々に帰りながら昇天したいなどとくだらないことを考える夜なのであった。
落ち着いたカジュアル居酒屋として、デートなんかに使うのもいいと思う。あと、新宿2丁目がめっちゃ近い。
店舗情報
※データは全て取材時のものです
















