日本人はロマンスを一体どこに忘れてきてしまったのだろうか?
音楽やファッション、恋愛スタイル、そして文学。全てにおいて俺は80〜90年代の、ロマンティックなものが好きだ。サブカルとしてではなく、ひとつの生き方として愛している。そんな俺にとって、色恋ひとつとっても出会いから別れまでスマホ1台で完結してしまうような、令和という時代の要領よく無駄ないスタイルは、どうも物足りなさを禁じ得ない。もっと生身ですったもんだしてもいいのではないか?
そんな俺だからこそ、愛する1人の作家がいる。その人の名は、喜多嶋隆。海沿いの街・葉山や湘南エリアを舞台にした、ロマンティックで、クールで、ウクレレを爪弾くような、軽やかな物語を紡ぐ作家である。彼の作品には今もなお、俺の求めてやまない、人間臭くも爽やかなロマンスが生きている。

自身も葉山に居を構えているという喜多嶋先生の作品には、実在の地名や飲食店が多数登場。葉山のこぢんまりとした、ローカルなイタリアン『fatty’s(ファッティーズ)』もそのひとつである。
今回は大好きな喜多嶋隆・聖地巡礼も兼ねて、こちらのお店で昼から一杯やることに。
喜多嶋作品のひとつに『湘南探偵物語』という、若い女性探偵、通称ヨコスカCIAを主人公にした人気シリーズがある。その主人公・万里村桂いわく「一番美味しいピザを出す」店。

食欲そそる香りが漂う店内。テーブル席が4席のみ。木の質感と差し込む日差しが暖かい。

壁に飾られているレリーフが特徴的。一朝一夕では生まれない、歴史を感じる雰囲気だ。
俺が好きだったのはこの、若い裸の男女が寄り添う1作。この店で、一体何組の恋人たちが愛を囁き合ったり、あるいは迫り来る別れの予感を感じながら、食事をしてきたのだろうか。海沿いで生身の恋心を燃焼させる若者たちに、この店はよく似合うはず。

すぐそば、森戸海岸から流れてくる潮風と日差しを感じる。ガラス越しに差し込む光を眺めていると、スマホを片手にした自分もまた、何か大事なものを忘れているような、そんな気持ちになる。

メインはピザとパスタ。ピザの種類はかなり豊富。

アラカルト、ドリンクメニュー。

ワインやビールもいいが、この店の、そしてこの街の空気には、クラシックなカクテルがよく似合う。ジンライム。

花のように美しく盛り付けられた、地だこのマリネ。お皿に刻まれたロゴが可愛らしい。1987年といえば、俺とほとんど同い年だ。

シンプルながらもしっかりとした味付け。それでいながら素材の味や食感が消えていない。咀嚼するたび口の中でキュッキュッと小気味いい音が聞こえる気がする。トマトもフレッシュ。

たっぷりのアサリのワイン蒸し。通年のレギュラーメニューのようだが、どこか「春」という季節を想起させる、こちらも美しく、あたたかみのあるビジュアルだ。

ピザはトマト&アンチョビで。先述した小説の主人公、ヨコスカCIAの桂はマッシュルームのピザを食べていた気がする。

クラシカルであり、そして超本格的な味。アンチョビの塩気がしっかり効いて、口いっぱいに海の香りが広がる。こぼれ落ちそうなトマトの赤が艶やかだ。

気がつけば、夢みたいにロマンチックな日差しが差し込んでいた。

時が止まったような店内、などと表現するのはあまりにも凡庸すぎる。ここには確かに、刻まれた時の蓄積があった。fatty’sは時代の流れの中で、恋人たちだけではない、たくさんの人々の営みをただ優しく見つめてきたのではないか。

レトロ、エモい、映え、とその表面ばかりがもてはやされる現代で(もちろんそれらも素敵だが)確かな時を刻んできた、風格…とも違う、もっと静かで優しい年輪がここには確かにあった。

こうして料理の写真を撮影している手元のスマホを森戸海岸に投げ捨てて、誰かと砂に塗れた恋に落ちたくなるような、そんな体温の感じられるカルチャーが、やはり俺は好きでたまらないようだ。懐古趣味の中年と笑われても別にいい。俺はハンサムなので、ハイウェストのジーンズにアロハシャツとか、そういうのもよく似合うしね。
店舗情報
| 店名 | fatty’s |
| 住所 | 神奈川県三浦郡葉山町堀内936 |
| アクセス | 逗子駅、逗子葉山駅からバス「森戸海岸」停留所 |
| 営業時間 | 11:30〜14:30(L.O.14:00) 17:00〜21:00(L.O.20:15) |
| 定休日 | 水、木 |
| SNS・サイト | 食べログ |
※データは全て取材時のものです











