【ブックレビュー】命なんてビールの泡のようなもの。酒村ゆっけ、『酒に溺れた人魚姫、海の仲間を食い散らかす』

自分にとって酒を飲むことと、誰かに恋をする(あるいは欲望に任せて誰かと寝る)ということはほとんど同義なのだと気が付いたのは一体いつだったろうか。

酒と色恋。俺の365日はこのふたつで成り立っていると言っても過言ではない。このふたつ以外のことは基本的にどうでもいい。大好きな本を読むことすら、それらの前では瑣末なことだ。

俺の中には常に、酒に酔って男に抱かれたいという焼け付くような欲望がある。業務用ウイスキーをストレートで胃に流し込むような、熱い欲望。

じゃあつまり俺は「性欲の強いグルメ」、ということかというとそれはまったく違うと思う。

セックスは好きだが男と裸で軽薄な愛(みたいな何か)を囁くのが好きなのであって、性欲が強いわけでも技巧に凝っているわけではない。

酒に関しても、味よりも酔えること、つまり量の方が大事なのでグルメとは決して言えない。それこそポテチと業務用ウイスキーでも、それはそれで一向に構わないのだ。

坂村ゆっけ、『酒に溺れた人魚姫、海の仲間を食い散らかす』

俺のそんな安っぽいふたつの欲望の根底にあるもの、それは「怒り」ではないだろうか。

酒村ゆっけ、著『酒に溺れた人魚姫、海の仲間を食い散らかす』という美しく幻想的で、グロテスクな短編集に、どこか痛快さを禁じ得ない俺は、そんなことを思う。

「全てが全てクソッタレよ」(本文より)

深い海の底に住む人魚姫のアリアスはある日、嵐の海で自殺志願の人間たちが船から落とした業務用ウイスキーを偶然飲んでしまい、酔っ払ってこうのたまう。

勝ち気な姉たちの中で、自分を押し殺し、無害に振る舞うことを処世術としてきた彼女の自我は、業務用ウイスキーによって解放される。

酒の味、そしてそれがもたらす高揚感を忘れられない彼女は魔女の魔法で人間となり、陸の世界で二足歩行をしながらあらゆる酒を飲みまくり、そしてそのツマミにかつての仲間である魚介類を貪り食う。

その姿はあまりにも爽快で、痛快で、愛らしく、それでいて最高に滑稽だ。

シラフの世界が「本当」とは限らない

かつて。

そう、かなり昔のことなので記憶が曖昧模糊としているのだが、まだ自分は女の人と付き合えるのだと愚かにも信じていた頃。

俺は空っぽな人間だった。空虚で、無気力で、事なかれ主義で、中庸な人間だった。勉強やスポーツは、平均値よりちょっとできる、くらいのどこにでもいる人間。いつも半分眠っているような気分だった。

そんなある日、酒に酔った勢いでよく知らない「男」と寝た。

その瞬間、全身に血がたぎり、心の中にかかっていたモヤが一気に風にさらわれて行くような爽快感を感じた。これまでの俺はずっと死んでいた、と思った。

そしてようやく、自分の2本の足で、この世界に立てたような気がしたのだ。

こんなに楽しいことがあるなんて。こんなに気持ちいいことがあるなんて。こんなに開放的な世界があるなんて。こんなに美しい景色があるなんて。こんなにこんなにこんなに。

誰も、教えてくれなかったんですけど!!!!!?????

ずっと眠っていた自分に対する怒りか、そうさせてきた他者や世界に対してか、その両方かはわからないけれど、とにかく俺は怒っていた。ていうか、今も怒っている。その怒りは酒を飲むことと、同性愛という色恋の淵に沈んでいくことでしか解消できないということも学んだ。

自分を抑圧してきたアリアスが、酒に酔い、かつての仲間たちをヤケクソのように食い散らかす姿に、酒に酔いながら男と関係を結び続ける俺は、自分を重ねずにいられない。

「諦めないでとにかく生きていれば、よかったと思える瞬間は絶対来ると思うから。いつかこの答え合わせを一緒にしよう」(本文より)

命はビールとよく似ている

酒を必要以上に飲むことは悪いことだ、とされている。

人に迷惑をかけたり、喧嘩を始めたり、痛風になったり、二日酔いで仕事を怠けたりするからである。

色恋に関して気が多いことも悪いことだ、とされている。

結婚している人を好きになったり、10年以上生産性のない肉体だけの関係が続いたり、変な性病をもらったりするからである。

全部俺のことである。

でも俺が諦めないでこの世界を生きるのに、2本の足で歩き続けるのに、自分だけの人生という物語を紡ぐのに、このふたつは確かに必要なものだったのだ。

20年近く海の底で眠っていた俺が、歩き続けるために。生きている実感として、必要だったのだ。この「怒り」のエネルギーが。

いつまで必要かはわからない。この怒りがいつか燃焼し切ったりすれば、どちらも必要なくなるのだろうか?

原作の人魚姫は、最後には泡になって消えてしまうらしいが、自分と世界への怒りを失い、酒と色恋すら手放した時、俺もまた泡沫へと帰していくのだろうか?乱暴に掻き回したビールが盛大に泡立ち、その後炭酸が抜けてしまうように。命はビールとよく似ている。

ネタバレになるのでアリアスが最後にどうなるかは書かないでおくが、彼女を怠惰な存在と読むか、強欲な存在と読むか、儚い存在と読むか、愚かな存在と読むか、あるいはその全てと読むか…その辺りで物語の解釈は変わってきそうではある。

人生も小説も、何がハッピーエンドかなんて、他人が決めることじゃないし。

書籍情報

書名酒に溺れた人魚姫、海の仲間を食い散らかす
著者名酒村ゆっけ、
出版元KADOKAWA
著者SNSX
Instagram
YouTube

※データは全て取材時のものです

おつまみ (5) アジ (12) イカ (3) イタリアン (3) イベント (4) エビ (4) カクテル (3) カツオ (4) カレー (5) クラフトビール (5) サバ (6) スパイス (12) タイムトラベル (3) タコ (3) トルコ (4) ビール (20) ブックレビュー (6) マグロ (4) ランチ (3) レシピ (5) ワイン (15) 中東 (6) 中華 (8) 四川 (7) 宇宙 (3) 寿司 (2) 小説 (3) 居酒屋 (12) 料理 (18) 新宿 (3) 日本酒 (11) 板橋 (3) 焼酎 (6) 牡蠣 (4) 神奈川 (7) 笹塚 (4) 街歩き (7) 西巣鴨 (4) 豆腐 (3) 逗子 (14) (2) 野菜 (4) 静岡 (4) (29) 麻婆豆腐 (5)