【ブックレビュー】旅や酒場に”意味”は必要なのか?せきしろ『海辺の週刊大衆』

年齢のせいか「せっかく」とか言いながら旅行するのが、苦痛になってきた。

せっかく来たんだからあれを食べなきゃ、せっかくだからここも観光しなきゃ、という密度の高い旅行をすると心身が疲弊して鬱っぽくなる。そりゃ高い金を払って旅をしているのだから、温泉入って地酒飲むくらいのことはするが、もうそれ以外はぶらぶら宿の周りを散歩して部屋で本を読むくらいでちょうどいい。

お土産だって俺の友人らは農協の新鮮な野菜とかを1番喜ぶので、くだらないご当地グッズを買うことも無くなった。大量の茄子や大根や舞茸を袋に詰めて新幹線の指定席に座っていると、ちょっと浮くが。

せきしろ『海辺の週刊大衆』

そんな調子なので、最近はもっぱら1人旅だ。友人と旅行する際も別行動の時間をとる。

先日逗子を旅した時、とても素敵な古本屋さんを見つけて足を踏み入れた。そこで「せっかく海沿いにいるし」と、珍しくせっかく精神を発揮して手に取ったのが、せきしろ『海辺の週刊大衆』である。

主人公は船旅の最中乗っていた船が沈没し、無人島に流れ着く。吉幾三『俺ら東京さ行くだ』の村どころではない、ないない尽くしの無人島。あるのは一緒に流れ着いたと思われる、1冊の週刊大衆のみ。

週刊大衆と2人っきりになった主人公は、何をするでもなく、ページを手繰ったり、海辺の週刊大衆を中心に取り止めもない思考や妄想、追憶などを走らせる日々を送る。時々貝や木の実を食べながら、救助が来るの待つだけの日々。

それだけだ。この小説は、ただ、それだけの小説なのだ。

俺はいつからこんなに野暮になったのか

俺は小説を読む、ということに何かしらの意味とか、理由とか、価値とか、得るものとか、そういうものを求めすぎていた気がする。この本の最後のページを読み終えて、そっと表紙を閉じた時、そう思った。

別に何も起きなかった。最後まで、何も起きなかったな。しかしそのなんと心地よいことか。

本を読むことを覚えた幼少期、俺にとっての読書に「面白いから」以外の意味や価値などなかったし、まあせいぜい思春期「教室の隅、憂いを含んだ表情で本を読んでる俺の姿はかっこいいからモテる気がする」くらいのものだった。

いつからだろう。そこに何かしら「得るもの」を探し始めてしまったのは。1冊の本を読むという行為に、娯楽以上の価値を見出そうとしてしまうようになったのは。

そしてそれは何かに似ている。そう、「酒」だ。酒を飲むことにも、何かしらの価値を俺は見出そうとしている。酒場に行き、誰かと知り合ったり、知らない酒や料理を覚えたり、それによって人生的な経験値を積もうと、どこかで考えている自分を俺はここ数年ずっと感じていていた。そしてそれにしんどさを感じていた。どうしてただ美味い酒に酔い痴れているだけではいられないのか。

旅の「せっかく」と同じくらいしんどい。そして野暮っぽい。自意識過剰な俺には、クールじゃないことだと感じる。酒も本も旅も、娯楽として純粋に、享楽的に消費していくのが、カッコいいことなのではないか。

幸か不幸か「せっかく」の呪いは続く

せっかく旅行に来たのだから、せっかく本を読んだのだから、せっかく飲み来たのだから。生真面目な日本人という国民性も関係しているのかも知れないが「せっかく」の呪いは枚挙にいとまがない。くだらない男との恋愛失敗談にすら「真実の愛を見つけるためのステップだったのだ」という美談がついてまわる。んなアホな。

人生とは果たしてそんなに複雑なものだろうか?俺は温泉旅行でマックのハンバーガーを食べたりする身軽さ・クールさで生きることを望んでいるのに、「せっかく」の呪いがそうさせない。温泉まんじゅうを食え、綺麗な水で作った10割そばを食え、割高でも地の魚を食え、という囁き声がする。

そしてこの記事自体もまた「せっかくいい本読んだから、誰かに教えてやろう」というひとつの呪いの結果なのかもしれない。俺たちはこの呪いから逃げることは一生できないのだろうか。

だが「呪」と「祝」という漢字が似ているように、ふたつは表裏一体。本人がそれで幸福であれば、呪いは祝福と呼んで差し支えない。

明後日から熱海旅行に行くのだが、俺は宿で「せっかく来たし」と地酒を飲むだろうし、持って行った本が面白ければまたここでせっかくなので紹介するし、テンションが上がってぼったくり価格の観光客向けランチとかをせっかくだから食べる可能性もあるし、旅先でいい男に出会えば「せっかく旅先で知り合ったのだから記念に」と宿に連れ込んでワンナイトラブを楽しむだろう。

そう考えると頑なに「せっかく」を野暮と断じるのも、考えものというような気がするのだった。ただ時には、この本のように頭空っぽにして酒でも飲みながら読める、何も起きない、何も学べないそんな本があってもいいだろう。せっかくなら無人島によく合いそうな、ラム酒なんて飲みながら読んだらいいんじゃないだろうか。

書籍情報

作品名海辺の週刊大衆
著者せきしろ
出版社双葉文庫
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※データは全て取材時のものです

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