30半ばを迎えてどうも酒に弱くなったこともあり、バーや居酒屋や友人宅を梯子して朝まで酒を飲んだのは久しぶりだった。
朝まで飲んだ時の俺の口癖は昔からふたつで「お風呂に入りたい」と「海が見たい」である。たまに「恋がしたーい」とかいう時もある。
恐ろしく晴れた朝だった。
案の定「お風呂に入りたい」を連発した俺は友人宅のシャワーで汗を流し、どうせ乾くからと濡れた髪のまま帰路についた。
高村光太郎の詩集『智恵子抄』の智恵子は「東京には本当の空がない」と言ったが、東京には本当の海もないと俺は思う。
都会に住んでいるとたまらなく海が恋しくなる。それは俺にかつて海沿いの街に住む恋人がいたこととか、房総半島のある千葉県の出身であることとかと何かしら関係あるのだろうか。とにかく俺は酒を飲んだ後は海が見たい。

このまま電車に飛び乗って鎌倉とか、房総とか、そっちの方まで行こうかなとも思ったが、こんな酷暑の中寝不足でそんなことをしたら浜辺で寝落ち、脱水&日差しでカリカリの鰹節になってしまう危険がある。紫外線によるシミ、ソバカス被害もバカにならない。
歳をとるとそんなショボいことばかり考えてしまって嫌だな、と思って歩いていると何やらいい香りが。ああ、海だ、海みたいな匂いがする。
香りの元を辿ると、そこは海がないはずの都心のラーメン店。以前から気になっていて、しかし夕方には店じまいしてしまうので「ラーメンとは酒を飲んだ後に食うもの」と認識している哀しき都会の酔っ払いであるところの俺は、まだ一度も営業中のその店を見たことがなかったのである。
朝9時。なんということだ、やってるではないか。


店内はシンプルな作りで、日差しが差し込む窓にはすだれがかかっていた。昔ながらの海の家とか、海沿いの民宿みたいだな、と思った。魚とか、醤油とか、なんだかそういういい匂いがした。俺はラーメンに詳しくない。いつも酔って食べるから。でもこの匂いは好きだ。
髪がびしょ濡れの俺を見ても、店員さん達は誰も笑わなかったし、怪訝な顔もしなかった。ただ優しそうな表情でラーメンを作っていた。

注文は券売機から。
「中華そば煮玉子醤油」をチョイス。塩と、煮干し出汁つけそばというのもあった。
ビールやらレモンサワーもあったよ。

えへへ、追加で「鰹削り節と濃い卵のたまごかけ御飯」も注文。仕方ない、頼むしかないだろうこんなの見つけたら。
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綺麗なラーメンだな、と思った。
すだれの隙間から差し込んでくる夏の朝の日差しを乱反射して、澄んだスープがキラキラしている。
具沢山で嬉しいね。ああ、腹が減った。

何度もいうが俺はラーメンに詳しくない。ので、なんのダシがどうこうとか語ると的を外して恥をかくことになりそうだ。とにかく洗練されていることはわかる。綺麗な味なんだというのもわかる。でもどこか懐かしいような味もする。胃がポカポカする。

黄色い中華麺が俺のノスタルジーを刺激するのだろうか。
子供の頃海の家で食べたラーメンも、こんな色をしていた。夏休みに母親が作ってくれたラーメンや冷やし中華もこんな色だった。

もちろん、昔の海の家や母ちゃんのラーメンがこんなに上質な味をしていたはずはなく、実際は具も少なく、絶対にもっとショボかったはずだ。思い出補正というのはいつだって恐ろしいが、しかし人が生きていくのに必要なものでもある。などと麺をすすりながら思う。卵の茹で加減、絶妙ですね。

チャーシューもプルプルで最高だった。チャーシュー麺頼んだわけじゃないのに、こんなにたくさん入れてもらえるのは嬉しいね。そして俺はラーメンの具の中でいっとう海苔が好きなのだが、食べるべき正しいタイミングが子供の頃からわからない。











