予言は続いている

実は、ノストラダムスの大予言は、西暦3797年まで続いている。今年、2024年の予言もある。それはこんな内容だ。
「戦闘と海戦が終わり、赤い敵は恐怖で青ざめる」
有識者の間で、これは中国による台湾進攻を指しているのではないかと囁かれている。さらに2025年に起きることを記した次の一節は日本のある大都市で起こる大地震のことを予言していると話題になっている。
「山に囲まれた大都市が洪水により沈む」
山に囲まれたという表現は広義には東京も大阪も含まれるのではないかと考えるが、学者の間では後者の可能性が高いとされている。2025年以降の経済の見通しに関する予言もある。
https://pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js?client=ca-pub-5346306132393480 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});「価値がなくなり、湖や火の中に投げ込まれた。発見されると、すべてがくすみ濁っていた。」
まるで昨日の日本の株式市場の様子を思い出させるゾッとする内容だ。2025年以降も世界経済は混乱するであろうことが予言されているのだ。ノストラダムスは、戦争や災害、そして経済と実に多くのことを予言していることがわかる。
予言は科学的に立証できるのか

例えば、昨日起こった株式市場最大の大暴落。これが予言されていたとする。多くの日本人が1999年のあの7月のように、その予言を信じたとしよう。するとどうだろうか、大多数の人間が自分の資産を守るために前もって株式を売り払ってしまう。そうすると、暴落は起こらないか、もしくは予言よりも前に起こってしまい、予言は成立しなくなる。
つまり『予言』は事実よりも後に成立するわけで、事実よりも前に予言は存在していないことになる。パラドックスというわけだ。
結局のところ、予言というのは非科学的なSFであって、「未来というのはわからないものなのだ」というのが結論だ。わからないからこそ、自分で選ぶことができるとも言える。
それでは、未来にはなにが待っているのだろうか。
未来にはなにが待っているのか

未来にはなにも待っていない。きっと、白馬に乗った王子様も現れないし、たまたま知り合った老人から100億円を相続することもない。しかし、残念ながら悪いことは起きるものだ。
今日は平和記念日なので、おおげさな話をしよう。
災害や経済はともかく、未来に起こると予言されている戦争は本当起こるのだろうか。『予言』は成立しないのだから、起こるとも起こらないとも言えない。ただ、起こらないことを願うしかない。ひとりひとりがそう願って、選択するしかない。
昨日の大暴落でバタフライ・エフェクトが起こったとしよう。これによって、未来に予定されていた争いごとがなくなったとしたら、昨日のことは悲観するだけの話ではないのかもしれない。
ささやかではあるが株式の大暴落によって、戦争がなくなった未来に乾杯しよう。(できれば株価も上がってほしい。)











